心不全とアミロイドーシス
日本における死因別死亡総数の順位では、心疾患による死亡は悪性新生物(癌)に次ぎ2番目に多く、またそのなかでも、心不全による死亡は心疾患の内訳のなかで最も死亡数が多い疾患であります。
心不全の診療は症状や徴候が表れている際には、利尿剤、ACEI/ARB、β遮断薬、MRA、SGLT2阻害薬などの心不全治療を優先します。心不全が安定した後、原因疾患を同定するのが治療の順序です。
しかし、この治療順序に不適切な基礎疾患が一部に存在します。急性心筋梗塞、徐脈性不整脈など即時介入が必要な基礎疾患は原因治療を状態治療と同時に進行させることになります。一方、重症大動脈弁狭窄症や拡張機能障害を有する基礎疾患は安易に通常の心不全治療薬を投与すると血行動態の破綻につながる可能性があり、心アミロイドーシスによる心不全は後者です。
心ATTRアミロイドーシスは稀な疾患ではない
心ATTRアミロイドーシスは稀な疾患と考えられましたが、しかし、最近心ATTRアミロイドーシスの症例が次々と診断され、稀ではない疾患と考えられます。
日本において、HFpEF(収縮機能が保たれた心不全)の全心不全に占める割合は半分以上と言われております。HFpEFにおいて心ATTRアミロイドーシスの有病率は14.2%との報告もあり、心アミロイドーシスによる心不全の患者は少なくないと考えられます。
Naito T, Nakamura K, Abe Y, Watanabe H, Sakuragi S, et al. ESC Heart Fail 10(3): 1896, 2023.
(https://doi.org/10.1002/ehf2.14364)
心アミロイドーシスはどんな疾患

(ファイザーATTR―CMの情報サイトより引用)
アミロイドーシスは、前駆蛋白質が折りたたみ異常を起こし、アミロイド線維を形成し、全身の臓器に沈着することで機能障害を起こす疾患です。
アミロイド前駆蛋白は、現在30種類以上同定されており、心機能障害をきたすのが3種類です。
- 1.トランスサイレチン (TTR)―――ATTRアミロイドーシス
- 2.免疫グロブリン軽鎖―――ALアミロイドーシス
- 3.Amyloid A蛋白(AA)―――AAアミロイドーシス
原因治療も含めて循環器科にかかわるのがATTRアミロイドーシスです。
心ATTRアミロイドーシスはどんな症状

手根管症候群

脊柱管狭窄症

心不全
トランスサイレチン由来のアミロイド線維の沈着組織は全身に及ぶが、症状が顕在化するのはおもに関節・靱帯と心臓です。関節靭帯に障害が及ぶと手根管症候群・脊柱管狭窄症が発症します。心臓に沈着すると、心筋肥大・不整脈・心不全が発症します。
心アミロイドーシス診療アルゴリズム

トロポニンは持続的に軽度陽性、心筋肥厚を認めれば、心アミロイドーシスの精査が必要です。まず採血で多発性骨髄腫やMGUSを除外します。次は99mTcピロリン酸シンチグラフィを行い、心筋集積を認めれば、臨床的に心ATTRアミロイドーシスを診断できます。(正確に診断するために、当院ではSPECT撮影を追加します)
タファミジスを導入するために、病理診断が必要です。当院では心内膜心筋生検を行います。心筋にアミロイド沈着を認めた場合は、さらに病型同定が必要です。当院では厚生省アミロイドーシスに関する調査研究班に病型診断コンサルテーションを行います。
ATTRアミロイドーシスが確定すれば、遺伝性アミロイドーシスを鑑別するために遺伝子検査が必要です。

日本循環器学会. 2020年版 心アミロイドーシス診療ガイドライン
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/02/JCS2020_Kitaoka.pdf
(2024年6月閲覧)
心ATTRアミロイドーシスの治療薬タファミジス

(ファイザーATTR-CMの情報サイトより引用)
■治療薬タファミジス
アミロイド線維形成を抑制する薬タファミジスが開発され、心ATTRアミロイドーシス治療薬として2019年に厚生省に承認されました。しかし、タファミジスは重症の心不全よりNYHA1、2など軽症心不全の患者に有効であり、効果を発揮するまで1.5年内服が必要です。そのため、早期の診断と早期治療が必要と考えられます。
心アミロイドーシスによる心不全の治療の難しさ
心アミロイドーシスの心不全は拡張機能障害であり、ACEI/ARB、β遮断薬、MRAなど予後を改善させる効果を見出されず、逆に低拍出量や腎機能障害など副次作用を生みかねないです。心房細動併発した症例にレートコントロールとしてジゴキシンの使用は禁忌で、ベラパミル、ジルチアゼム(非ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬)の使用も制限されています。原因不明の収縮機能が保たれている心不全は、安易な心不全治療薬の投与により心不全を増悪させている可能性があります。
日本循環器学会. 2020年版 心アミロイドーシス診療ガイドライン
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/02/JCS2020_Kitaoka.pdf
(2024年6月閲覧)
当院での実績
当院では、心不全の精査を積極的に行っており、心アミロイドーシスの診療に力を入れてます。2020年から2024年4月まで合わせて20名の心アミロイドーシス患者が診断されました。そのうち、ATTRwtアミロイドーシスは17名であり、ALアミロイドーシスは3名でした。しかし、診断時既に心不全が進行したなどの原因で、17名中約半数の患者さんしかタファミジスを導入することができず、地域の先生方との連携が重要だと痛感しました。

地域の先生方におかれましては、以下の所見を目安にして、患者さんのご紹介をご検討さ れる際にご参考にして頂ければ幸いです。
- 1) NT-proBNP:125(pg/ml)以上もしくはBNP:40(pg/ml)以上
- 2) トロポニン値軽度陽性
- 3)手根管症候群の既往
また、君津中央病院循環器内科に心アミロイドーシスなど二次性心筋症の精査のために患者さんをご紹介される際は、火曜日と木曜日の葛 備の外来までご紹介頂く存じます。その際には、①紹介状を入れる封筒の表書きに、必ず「葛 備宛」と明記していただき、②患者さんがご来院の前に、当院の紹介予約専用電話(0438-36-1069)へお電話でのご予約をお願いいたします。
(※上記①と②が満たされない場合、患者さんがご来院されてもお受付できかねますので、ご了承ください。)
<問い合わせ先>
国保直営総合病院君津中央病院
医務局 循環器内科部長 葛 備(かつ び)
TEL:(代表)0438―36―1071
2025年4月9日 定期確認実施